※「わたし、あなたが嫌い」の続きっぽい。
※やっぱり電波です。
天下分け目の戦は集結し、世は誰もが待ち望んだ泰平へと向かい始めていた。
かつて日本一の兵と言われた男も槍を置き、ひとつの時代の終わりを遠くから眺めている。
根っからの武人であった男にとって、この時代が終わることは自分の時代の終わりを意味しているに近かった。
これからすべきことがわからない、みつからない。望んだ世が、男を苦しめるのはひどく滑稽だった。
冷たい冬の風が障子を揺らす。聞いてるだけで身が凍りつきそうだと幸村は思った。
「…」
幸村は突然に立ち上がり、冷気が入り込むのも構わず障子を開け放つ。
目線の先には一面真っ白になった庭。そこに夜空を見上げる女がいた。
――寒くないのか。
一瞬そう思ったが、彼女にとってそんな感覚は些末で、気にとめる価値もないのかもしれない。
降り積もった雪は月の光を反射して夜でも人の表情がわかるくらい明るくなる。
しかし彼女は顔がないので表情はわからなかった。
「…こんなに明るくては昼間と変わらないわ」
まだ黄昏時の方がいいと彼女は言う。
「でも冬は好きね。好き合った人達が身を寄せ合って暖を取るの。睦まじいじゃない。」
まるでどこかの風来坊のような物言いだと幸村は思った。
そういえばあの男は戦乱の世を嫌っていた。
泰平に向かい始めた今の世に、さぞかし喜んでいるだろう。
「私ね、とても悲しい恋を知ってるの。」
恋、ますますあの風来坊を彷彿させる。ふと幸村は自分の指が冷えていることに気付いた。
槍使いは指を大切にしなければいけない。こんな寒い所にいては霜焼けになってしまう。
そこまで考えて自嘲した。自分が、槍を振り回すことはもうないのだった。
幸村はそのまま彼女の話を聞くことにした。
「その子はね、ある人に恋をしたの」
それは一生に一度の恋。
想いは深く激しく、その人の為になら全てを投げだせるとさえ思えた。
「でも、その子は自分の気持ちを伝えなかった。
拒否されてしまうのが怖くて、今までの関係が壊れてしまうのが怖くて、口を噤んでしまった。」
恋は伝えなければ実りはしない。秘めた恋心は、まるで一生溶けぬ雪の下で春を思う花。
凍てつく冷たさにさらされ続け、やがては腐ってしまうだろう。
だが花は耐えた。終わりがみえない長い時間を耐え続けた。
しかし現実と月日は残酷にも花が実を結ぶ機会を永遠に奪ってしまう。
思い人が、別の人と結ばれたのだ。
「それでも」
花は春を思うことをやめなかった。雪の突き刺す冷たさを全身に受けながら、何も知らないふりをして。
女の声がじんわりと雪に染み込んでいく。女は顔をあげ、幸村を見た。
「…終わらせなかったの。その人のことは忘れて、別の恋を始めるればよかったのに。
その子は、思い人とその相手の幸せを願い、二人を守ることにしたの」
傷つくだけだと理解していてその生き方を選んだ。
「あなたはどう思う?あなたなら離れて忘れる?それともすがり続ける?」
女の言葉が、そのまま今の幸村の重なる。
自分は槍を握り乱世を駆け抜けた。
そして乱世が終わりを告げると、自分のやることは全て終わったと考え自らの意思で槍を置いた。
それから幸村は見失ってしまった。これからどうしたいのか。どうありたいのか。
新しい時代に対して新しい自分で挑み、これからを切り開いていくのか。
振るう場のない槍を手に、武人としてあり続けるのか。
(それとも何もしないのか。)
「……」
女が幸村の心の内を見透かしていたのかはわからない。
この女の場合はそんなことすらも些末かもしれないが。
幸村はどう答えればいいのかわからず黙ってしまった。
すると女は再び幸村に背を向け空を仰いだ。
消える。
幸村はそう直感した。
「お、お待ち下され」
次の瞬間幸村は女を呼び止めていた。
声をかけてはいけないという信玄の言い付けを忘れたわけではない。
出来るなら関わらない方がいいことも理解している。
たが、今の幸村にはこの女がそんな存在には見えなかった。
あの風来坊を彷彿させる少し変わった女。
だからつい、普通の人間と接するように口が出てしまったのだ。
「…貴殿の名を教えて下され」
もう三度も会っているのに互いは名すら知らないのも、今思えばおかしな話ではないだろうか。
幸村は名乗り、女の言葉をまった。その行動に女は特に驚く様子はなく、ゆっくりと振り返り
幸村のまっすぐな目を見極めるように見つめた。冬の冷たい風が女の髪を乱す。
「ねね」
女は感情のない、雪のような冷たい声色で名乗った。
「それが私の名前です」
ねねは風で乱れた前髪を軽くかき分ける。
するとそこにはいままで見えなかった、いや、存在しなかったはずの顔があった。
それは確かに初めて見たはずなのに、見覚えのある不思議な面(おもて)をしていた。
お前は俺に生きろと言う20110122
一応これで幸村と電波女シリーズ(?)は終わりです。終わりだけど別の話に繋がります。