客人として迎え入れた男の部屋には、かりが絶えない。



第一夜

部屋に明かりがついていた。
客人の部屋だ。明かりをつけたまま眠ってしまったのかと思い、
勿体ないと襖を開けると客人は本を読んでいた。
「なんだい右目のお兄さん、夜這い?」
へらへらと上っ面だけの笑顔。どうやら少し酒が入っているようだ。
「…明かりがついていたんでな、寝てるんなら油が勿体ないと思っただけだ」
「あーそっか」
「起きてるんなら構わねぇ、寝る時は必ず消すんだぞ」
「はぁいよ」
客人は返事をすると視線を本へ戻した。



第二夜

部屋に明かりがついていた。
襖にできた影を見る限りどうやら読書をしているようだ。
油代も馬鹿にならない、などと思いながら自室に帰る。



第三夜

部屋に明かりがついてた。
「またか…」
夜中に目が覚め、厠に向かう途中、客人の部屋が目に入った。
寝転がっているらしく襖に出来た二本の足の影はぱたぱたと動いている。


第四夜

部屋に明かりがついてた。
「……」
野菜の世話の為、日が昇らぬうちに起きてきたのだが、客人の部屋には明かりがついたままだ。
眠っているのか?気になって部屋に近づくと
「右目のおにーさん?おはよー随分と早起きだね」
客人はやっぱり起きていた。



第五夜

部屋は暗かった。
ようやく眠ったのかと思っていたが、
月明かりに照らされて客人は酒を呑んでいた。
客人の横に置かれた大量の酒は寝酒には多過ぎる。
どうやら今夜も眠らず、一人酒を楽しむつもりらしい。
「……満月か…」
空を見上げると杯のように丸い月が浮かんでいた。



第六夜

部屋に明かりがついていた。
そろそろ客人が一体いつ眠っているのか気になってきた。
昼間は政宗様から語学を学んだり、うちの連中と騒いでいる。
昼寝でもしているのか?そんな姿は一度見たことはない。
本当は自分が知らないだけでちゃんと寝ているのだろうか。



第七夜

部屋に明かりがついていた。
今夜はどこで手に入れてきたのか三味線を引いている。
チントンテン。なかなか上手い。
それを聞きながら溜まった書類の整理をする。
けっきょく客人は一晩中三味線を弾いていた。



第八夜

部屋に明かりがついていた。
他人事とはいえ流石に客人の体が心配になってきた。
かと言って、そんなことにまで口出しするなどお節介が過ぎるのではないか。
頭の中がぐるぐる回る。だが体は正直でいつの間にか客人の部屋の前に立っていた。
「…」
「そんなところに突っ立ってないで入ってきなよ、お兄さん」
やはり客人は起きていた。少し考えたが襖を開け、部屋に足を踏み入れる。
部屋の中はいつの間にか書物が山のように積まれていた。政宗様の物だろう。
異国語の本も交じっている。客人はその本の山の中で碁を打っていた。
「何か用?」
へらへらと相変わらずの顔だ。
その顔を見て急にこの客人の事を気をかけている自分が馬鹿らしくなった。
はぁと思わずため息が漏れる。
「お兄さん?」
「…お前いつ寝てるんだ?」
その言葉に客人の碁を打つ手が止まる。
「なんで俺が寝てないの、知ってるの?」
「俺の部屋からこの部屋の明かりが見えるんだ」
「へぇそいつは知らなかったなぁ」
パチン。碁石が置かれる。
「睡眠を摂らないのは健康上良くないぞ」
「そういや随分長居しちゃったなぁ」
「おい」
「寝言」
客人が先ほど打った一手で戦局は大きく動き、黒が優勢になった。
「寝言?」
「ちょっと待って」
客人は立ち上がると大量の書物の中から一冊の本を取り出した。
「これ。独眼竜に借りたもんだけど、読んでみてよ」



第九夜

部屋は暗かった。
当然だ。あの部屋にはもう誰もいない。
昨晩自分が部屋にやってきたせいだろうか、客人は昼間にこの城を出て行った。
「…」
結局本を渡されただけで終わってしまった。
今回のことでますますあの客人が理解しがたい生き物になった気がする。
渡された本を書見台に乗せ、姿勢を正す。
とりあえずこれを読めば何かわかるだろうと、頁を捲った。


物語の主人公は武家の娘。
娘は実の兄に恋をしていた。
叶わぬ恋だと知りながらも、娘は誰にも悟られぬよう想い続けていた。
そして或る日、年頃になった娘の嫁ぎ先が決まった。
その日から娘の兄への想いは一層強くなり、ひと時も兄を忘れることが出来なくなった。
心に秘めた想いは大きく、娘は眠ることを拒否した。
誰にも知られず、墓の中まで持っていこうとした秘密の想い。
寝言でそれを言ってしまうことを恐れたのだった。
不眠の為、だんだんやつれていく娘を家族は心配し、説得する。
しかし娘は一向に寝ようとしない。
兄は娘に言う。
(頼むから眠っておくれ)
(お前のやつれていく姿は見ていられない)
(いくら兄様でもそれだけは出来ません)
(私には秘密があります)
娘は眠ればその秘密を言ってしまうと聞き入れない。
兄は必ず言うとは限らないと説得を続ける。
娘は首を横に振った。
(いいえ、きっというでしょう)
(こんなに想っているのですから)
(わたくしはきっと)
(言うに違いないでしょう)


パタリ。
物語はそこで終わっていた。
どうやら続きの巻があるようだが、読む気にはなれなかった。
「言うに違いない…か」
あの客人も、この物語の娘のように寝言を聞かれる事を恐れていたのだろうか。
誰にも知られてはならない、秘密を持っていたのだろうか。
答えは本人のみぞ知る。
ひとつだけわかることは自分が見た限り、客人は健康で死相は出ていなかった。
睡眠は、きっと人気のない場所で摂っているのだろう。

心に秘めた思いを抱きながら、一人で、ひっそりと。




部屋に明かりがついていた20080507
参考文献/泉鏡花「外科室」