「意外だ」
「何が?」
幸村は慶次の後ろに立ちまじまじと何かを見つめている。その視線は女のように長く伸ばされた髪にあった。
「前田殿のことだから綺麗に手入れされていると思っていた」
癖毛のせいで気付かなかったが近くで見ると触れなくてもわかるほどに傷んでいる。
「あちこち旅してるとどうしてもねー。風に吹かれ、日に照らされ、雨に濡れ…気を使ってても傷んじゃうんだ」
「しかし良き香りがする」
「ごめん、それ昨日遊里に行ってたから」
「なっ!破廉恥な!」
「ははっ」
慶次は声を上げて笑うと幸村の方を向き、幸村の長い髪の先を捉えた。
「俺、幸村の髪結構好きなんだよね、真っ直ぐで、痛んでるけど太陽の光をいっぱい浴びてるって感じ。
 所々がチリチリになってるのは炎のせいだろ?いつも修行してる証拠だ」
人っていうのは不思議なもので頭のてっぺんから爪の先までその人の生き方が現れるものなんだ、と
慶次は幸村の髪を指先で弄びながら言う。
「幸村の髪は精一杯生きてる髪だ」
幸村の髪が慶次の手からすべり落ちる。幸村は彼の言わんとしていることが理解出来なかった。

しかし目を細め何か懐かしむような、羨むような、そんな複雑な顔をしている彼の顔をみて
何も言えなかった。



椿/20071005