襖を閉められ太陽の光すらも遮断された暗い屋敷の奥で男は正座をしていた。
もう何時間そうしているだろう。眼帯で隠されていない方の目も閉じられたまま微動だにしない。
目の前には彼が長年愛用していた紅い手鏡が置かれ、冷たく無感情に持ち主を映し出している。
人払いがされた部屋は本当に静かで庭に植えられた木々さえも息を潜めているようだった。
男は乾いた唇をわずかに開くとちいさく息を吸う。
「わたしは女ではいけないの」
性別、体格に合わない言葉使い。伏せていた片目がゆっくりと開かれ鏡の中をみつめる。
「私は男になるの」
今度は自分の姿をみながらまるで呪文のように唱えた。
「私は男…」
おもむろに手を伸ばし手鏡を両手で掴む。幼少のころから大切に大切に使ってきた唯一の宝物。
取り上げられないように、捨てられないように必死に隠し持ち続けていたそれを強く握り締めた。
「俺は男…」
ギシギシと音を立て鏡は映し出す世界を揺らす。
「俺は」
次の瞬間、パリンと何かが割れる音がした。




手鏡20070206
元親トランスジェンダー設定。